&pid MMG Column

2005年1月27日

アメリカ愛憎

 筆者は、昨年6月より、フィリピン国立フィリピン大学アジアンセンターにおいて一年間の研究員生活を送っている。研究テーマは主としてフィリピンの外交政策、特に70年代から現在の対アメリカ、中国関係についての資料収集および分析である。以下は、中間報告という本来の意味からは多少?逸脱した、筆者が滞在中感じたことについての雑感の一端である。

フィリピンは、良くも悪くも、アジアのなかの「アメリカ」である。アメリカ、英国に次いで英語を解する人口が多い国といわれ、小学校教育から大学まで、自国に関連する歴史などの教科を除いては、現在でもすべて英語で授業が行われている。したがって、高等教育を受けた人々は何不自由なく英語を自在に操る。あまり知られていないが、この国は憲法まで英語表記である。何の因果か、筆者はいわゆる「貧民街」に区分されるような平均年齢の異常に低い村に一年以上居を落ち着けているので、さすがにこのような地域ではなかなかそうはいかないのが悩みであるが、このようなムラにおいても、やはり彼らが好むのはコカ・コーラであり、マクドナルドであり、アメリカンポップスだったりするのである。

 アイデンティティの最重要指標の一つである「言語」において、自らが望んだこととはいえ英語にこれだけ浸食されている以上、そのような「アメリカ」ぶりは当然安全保障にも投影されている。戦後のフィリピンの安全保障とは、一言でいえば「アメリカ愛憎」である。よく日本と比較されることであるが、フィリピンにも1992年までアジア最大の米軍基地があった。その撤退のプロセスにはむろんナショナリズムの高揚が第一の要因にあげられるのだが、その論議の過程で、いくつもの奇妙な点が目を引いた。アメリカ撤退後の軍事的空白に当然予想される中国の台頭、自国の軍事的増強、オルタナティブとしての同盟関係の模索―これら撤退後を想定した安全保障論議が、すべてではないにせよ、あまりにも希薄だったのである。そしてそのほとんどが、ナショナリズムの美しい言説に彩られたアメリカへの批判と、フィリピンの真の自立への賞賛のみに向けられていた。それまで所与のものであったアメリカとの関係喪失という現実への鈍感さ―ある学者はこの時期のフィリピンを「冷戦の二日酔い」と評した。

 筆者の関心の一つは、この米軍基地撤退後におけるフィリピンのアメリカとの距離の取り方にあるが、現在のフィリピン安全保障の専門家が口をそろえて言う現在の危機とは、南沙諸島と台湾海峡をめぐる中国の動向である。アメリカの基地撤退と機を一にするように92年以降活発化した中国の対外積極政策、これはフィリピンの「二日酔い」を冷まさせるのに十分の説得力があった。そしてフィリピンは、撤退以降休止していたアメリカとの合同軍事訓練を再開すべく、八年の空白を経た99年、「訪問軍人の地位協定」と呼ばれる協定を締結した。当時「お引き取りを願った旦那に、またお出まし願うのか」とメディアにさんざんこき下ろされた同協定であったが、今回のアメリカのテロ事件がその形勢を変えた。アロヨ大統領はすぐさま、米軍基地の再利用を認める全面支援(All-out support)を表明し、現在南部で行われているビンラディン関連のゲリラ討伐への軍事訓練は、すべて99年に締結されたこの協定にもとづいたものである。

 「もし日本が基地に『ノー』と言ったとき、アメリカはどうするのか」という筆者の問いかけに、アメリカ大使館の広報官は沈黙を続けた。同じ質問に対し、外務省の調査部長まで務めたフィリピン大の国際関係研究のオーソリティーは、少し考えたあと、こう答えてくれた。「おそらくフィリピンを含めて、東南アジア各国は自分の国に米軍基地を招こうとするかもしれない。」これが東南アジアの現実である。事の善し悪しではなく、こういう地域に、アジア独自の新しい安全保障体制を構築することなどは、容易なことではない。

 最後に、最近起きた、本気とも笑い話とも取れない話。アロヨ大統領は、今回のテロ事件で一躍その危機管理の手腕に注目が集まったジュリアーニ・ニューヨーク元市長を、国家治安対策のアドバイザーとして招聘する計画を打ち出した。米軍の力を借りての南部ゲリラ討伐中ゆえに、そのややあられもない大統領の提案には非難が当然集中し、結局はその計画の断念を公式に発表した。筆者は昨年、アメリカ大統領選とエストラダの弾劾裁判とが同時進行だったため、「フィリピンの大統領をゴアに頼んだらいいんじゃないか」と軽口を叩き、フィリピンの友人にこっぴどく叱られたことがあるが、なんのことはない、大統領自身が同じような発想に立っていたのだからなんと言うべきか。ちなみに、肩を怒らせて私を叱ったそのナショナリストはといえば、今年の5月よりアメリカへ移住を計画中である。フィリピンとはそういう国なのである。

投稿者 MMG : 00:26 | - | - | -

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